こんにちは!
当サイトに興味を持って頂きありがとうございます。
現在新潟で新聞屋さんをやる傍ら、英語の先生をしているykigchiといいます。
About me ~プロフィール~
名前:ykigchi
出身:新潟県新潟市
職業:新聞屋さん、英語の先生
特技:どこでも寝れて寝付きも良く、そして寝起きがとても良いこと。
座右の銘:自分に優しく、他人にはもっと優しく。
好きなこと: ラテンダンス(主にBachata,Salsa,zouk)、写真(主にフィルムカメラ使っています)、映画
My History 私に関してちょこっと詳細
大学1~2年
中央大学商学部会計学科に入学、はれて東京で女子大生デビューするも
入ってから会計に興味ないことに気がつく 。
(当時まさかそろばんの先生になるとは思っていなかった)
大学2年次に好きな人に告白するもふられ、「自分の魅力をあげて見返してやる!」の一心で大学を休学。
そしてオーストラリアに1年間ワーキングホリデービザを利用して滞在。
オーストラリア留学時代
とりあえず英語を学ぶために語学学校に通いつつ、お金を貯めるために現地のカフェでアルバイトの日々。
良くも悪くも、周りには様々な人生経験を持った日本人が多く「人生は色んな生き方があるんだなあ」と悟る。
大学がはじまるため泣く泣くオーストラリアを離れるも、せっかく身につけた英語で海外旅行をはじめる。
この1年ではじめて自分の人生自分で決めて動き出した感覚を持つ。
日本に帰国 大学3~4年
日本に帰国すると就職活動が待ち受けていた。
毎日Tシャツ半ズボンで過ごしていた毎日から、いきなり黒髪・スーツという没個性な見た目
よく知らない企業の志望理由を強要されることに嫌気がさし、早々にドロップアウト。
居場所を探すために旅行系ベンチャー企業でのインターンや
オーストラリアでの経験を情報発信するためにブログをはじめる。
そこで「人生は一本道なのか?」ということが自分のテーマに。
いま振り返ると当時はまさに、暗黒期。
留学系ITベンチャー企業に就職
大学4年次になってもオーストラリアでの生活が忘れられずに「何とか戻る方法はないか・・・」と探し始め
「ここならもしかしたら?」とフィリピン留学メインのIT企業にインターン生として入る。
ちょうど時代は東京の渋谷界隈でIT系のスタートアップ企業や大学生の起業が流行っていて、いわゆる意識高い系の大学生の就職先として少しずつ選択肢として出てきていました。
当時のメンバーは社長含めわずか5名のドがつくほどのスタートアップでしたが、2025年時点ではその会社も結構大きくなっています。
細々とベンチャー中心に就職活動をするも、いまいちピンと来るものがなくそのまま同社に入社することに。
社会人生活
入社するも、最初に言い渡された勤務先はまさかのフィリピン。
一人で現地オフィス立ち上げに行ってこい、とのお達しでした。
オーストラリアからは少し離れるも、フィリピンでの生活がスタート!
約2年間、日本とフィリピンを行ったり来たりしながら留学生のサポート業務や現地企業の新規開拓をメインに活動。

しかし、ろくに社会人研修等も受けていなかったため、やはり日本社会で営業を経験してみようと思い東京オフィスに戻る。
東京では営業や中学高校生の団体留学のプランナーやアテンド業をメインに活動。
フィリピンとは言え、はじめて海外に出た中高校生が留学中にどんどんたくましくなっていく姿を見て
「教育ってやっぱり大事だし、面白いな」と実感。
もっと教育に関してはこちらの記事も参考に
20代のうちにもう一度海外に出たい、という気持ちと教育先進国と呼ばれているヨーロッパで教育を学ぼうと思いドイツ行きを決意。
ドイツでの生活に関して
2018年10月、5年ほど務めた会社をやめてドイツに渡航。
首都ベルリンに数ヶ月住むも、デュッセルドルフで仕事が見つかったので引っ越し。
その仕事というのがまさかの「そろばんの先生」。
(ちなみにそろばん初心者でのチャレンジ)
仕事を通して子どもたちと接しながら「時代に合った教育とは?」「いま子ども達につけてほしいスキルや考え方とは?」を常に解い続けました。
またヨーロッパに来た目的でもある、現地の学校や周辺国の教育システム、
オルタナティブ教育もリサーチを続けましたが、2022年まさかのコロナでドイツもロックダウン。
残念ながら自由にヨーロッパ中を旅行することも、学校見学もできなくなってしまいました。
しかし、そろばん教室もオンラインに授業をすべて切り替える必要があり、そのおかげもあってそろばん教室自体もヨーロッパ各地、アジア圏にもビジネス展開ができるようになりました。
わたしが教えていた生徒もドイツやフランス、イタリア、ベトナムやシンガポールなどみんな様々なエリアから参加してくれました!
コロナのせいでできなかったこともあれば、逆に起きたからできた事もあったので今考えても面白い経験でした。
今現在の活動に関して
日本帰国そして・・・
2021年3月、コロナも落ち着いてようやく日本は地元の新潟に一時帰国した矢先(というか帰国した2日目)まさかの父が病気で他界。
本当に家族もだれも予期しておらず、死んだ本人すらもびっくりしていた事でしょう。
父がほぼひとりで経営していた新聞屋の従業員、お客さんすべてを引き継ぐことになりました。
もちろん業界のことも知らなければ、従業員からすると「こいつ誰?」状態。
でもお客さんは待ってくれません。
いま思い返すと激動すぎて何をやっていたのか思い出せないですが、今まで色々と海外を飛び回っていたのにいきなり新聞屋の娘になりました。
英語を教えはじめる
新潟で新聞屋を継いで半年ほどが経ち、ようやく落ち着いた頃に「やはり教育や海外に携わる仕事もしたい!」
と思い立ち、友人がやっている英語学童で英語を教え始めました。
さらに新潟に来てわかったことは結構みんな英語話せるようになりたいって思っているということ。
本当に頻繁に「わたしにも英語教えて!」とか「留学したい!」って言われることが多くなり
わたし自身英語の教員免許を持っているわけではないですが、新潟の中学生やおばさま達に英語を教えたり英語の学習方法を教える機会をいただくようになりました。
そして2025年秋についに自分の英語コーチングサービスCheerCeedを立ち上げることになりました。
My Goal
『高校→大学→就職→結婚→出産→老後』という決まりきった生き方だけでなく
いろんな個性や考えを持った人が自由な選択をできるような教育を提供する。
そのツールとして英語だったり、留学なのかなと思って日々活動しています。
とくにわたしの生まれ育った新潟のような寒い地域の人は新しいチャレンジだったり人と違うことをやることはあまり歓迎されない雰囲気を感じることがあります。
(もちろんたくさんチャレンジしている素敵な人々もたくさん住んでいて良い地域ですが!)
そんな周りの人たちにこそ私の今までの経験が少しでもお役にたてると嬉しいなと思い日々活動しています。
当サイト Dolce far Nienteに関して
このサイト名であるDolce far Nienteはイタリアのことわざで「何もしないことの喜び」という意味。
肩肘張らずゆるーく生きていこうよ、という気持ちをこめてタイトルに選びました。
くわしくはこちら
わたしが普段考えていることや、ドイツでの生活に関してゆるーく発信していきますので
もし「面白い!」や「その考え共感できる!」などあれば、ぜひコメントに残して頂けたらと思います。
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最後に
長くなりましたが、ここまでお読み頂きありがとうございます!
少しでもわたしことやこのブログの趣旨をご理解していただければ幸いです。
たまに更新が止まることがありますが、そんな時は「忙しいか悩んでいるんだな」と暖かい目でお待ち頂けたらと思います。
自分にとっては当たり前のことでも世界のだれかの役に立つ
そんな気持ちで今後もブログ更新していきますのでよろしくお願いします!
2025年10月更新




